第一章 コンピュータシミュレーションによるまちづくり教育


第3節 SimCityを教材に

(1)新しいコンピュータ教育

 CAIやCALなどのコンピュータを利用した教育について述べられてきたが、CAIの導入の形は情報技術の発達とともに様々なものとなっている。しかし、学校教育の現場においてはコンピュータ環境が整備されたとはいえ,まだまだ多くの学校では従来の黒板を利用した教育が依然として中心であることは否めない。これは教師にとっても生徒にとっても操作性が十分ではないことや、コンピュータ教育に対する教師への教育が未だ不十分であることが原因としてあげられる。必ずしもコンピュータを導入すればよい、というものではないが教育の格差があってはならず、その為によりよいユーザーインターフェースの開発とコンピュータリテラシーの強化を図ることが勧められている。特に前者のユーザーインターフェースでは、近年の流れとしてインターネットの技術を利用した手法が現れることが多くなった。一般的に使われるのはHTMLとJAVAやCGIを組み合わせたものなど、技術の向上だけに縛られない有効的な利用法が模索されている。ゲーミングシミュレーションの中にも誰しもが出来るようにと、インターネット技術を利用したSARA*のようなものも誕生している。

 また、従来のような支援的なコンピュータ学習だけではなく、インターネットにあげられるようにこれからは学生以外の個人が学習する手段の一つとしてもコンピュータが必要とされるようになっている。先に挙げた生涯学習などもそれに当たるのだが、その意味も踏まえ学校教育に留まらないコンピュータ利用の新たなコンピュータ学習の確立が望まれるところである。


(2)コンピュータ教育と学習

 以上のような点を踏まえて考えてみると、コンピュータ教育に使用するソフトウェアは従来に比べてかなりの改善がなされているのであるが、これからも問題となるのがやはり導入する手間と費用、操作性と利用のしやすさがあげられる。先に挙げたインターネット技術利用のCAIも、人数やプログラムに応じたサーバ管理などまだ決して簡単な作業とは言えず、専用ソフトウェアを使う場合ももかなり低価格化がなされ、無料なものも登場しているが高性能な教育用のシミュレーターなどでは開発費と販売数の関係から価格も高い。ダウンロードサイトなどに掲載されている簡単なフリーの教育用シミュレーションを使うことも可能ではあるが、おもしろさ−すなわち発見するという自主性を生み出すという要素を考慮すると、SimCityのような人々から支持されている実際に販売されているゲームソフトウェアを用いることの方が効果的と言える。

 一概には言えないが、一般的な学習ソフトウェアは、画像や音声などを必要なときに取り出せるという操作に対する反応−すなわちインタラクティブ性を押し出しており、それをCD-ROM百科事典のように無味乾燥な物ではなく「おもしろく」出来るようにゲーム性を含ませていることが多い。しかし、これは必ずしも効果的な手法とは言えない。なぜならば刺激的で魅力的な様々なゲームに囲まれている現代の子供にとって「学習」をテーマに打ち出したゲームを面白いと感じることは少なく、逆に非常に退屈な物になる可能性も現在のゲーム事情を考えれば並大抵のゲーム性では子供達を引きつけ続けることは出来ない。また、同じ事が繰り返されるのでは単なる反復の作業であり、インタラクティブではなくなる可能性もある。そもそも、学習は楽しいものであるということを意識化させることにおいては逆効果とも言える。学習とは自己が目的を持って自らの手で手に入れるものなのであるべきで、その手引きをするのが教育なのではないだろうか。これは参加して自ら協力してまちを作るという作業をする「まちづくり」にも言える。まちづくりとは引き込むためでなく、継続させるためでもなく、自分の地域を良くしたい、すなわち生活がしやすく、心地の良い環境にしたいというような目的を実現させることで、その為に参加者となる市民は学習をし、それを活かそうと思うのである。

 そこで複雑なシステムのシミュレーションとグラフィック効果、そして相互作用の仕組みとそれをプレイすることでプロセスを学べるといったコンピュータの機能を十分に活かしつつ、人々を魅了し続けるSimCityをまちづくり教育に使うと良いのではないか、と導き出されるのである。学習と遊びでは確かに異なる点を持つものの、したいことをする、そしてそれを実現させる手段を考える・学習するという点に置いて両者は一致し、相互作用を及ぼすのである。発見と創造−まちづくりの魅力もそこにあるのではないだろうか。実際、インターネットWebサイトを見ると、SimCityをプレイして都市の疑問に感じたことを知りたいという人や実際の都市に触れながら学習する人がいるのである。

 また、このプロセスはシミュレーションの持つ「仮想的構築による未来予測」を学習と遊びのゲーム性を利用して行う、すなわちゲーミングシミュレーションの形を取っているのではないだろうか。そして、このコンピュータを利用した誰でも扱えるゲーミングシミュレーションは、既存の多くのゲーミングシミュレーションのように専門の教育手段として多く使われるという従来の流れから、専門以外の人に専門の知識を与える手段となる。それはコンピュータがGUIの登場により専門家だけの物ではなく一般の人が扱える物になったように、専門的な集団と行政主導の都市計画から、実際にそこに住む専門ではない市民側からのまちづくりへとシフトする流れを示しているのではないだろうか。

 コンピュータ教育の本意は学習意識の向上と物事を展開して考える創造力の育成なのである。教育や学習を根本から覆すというわけではないが、喜怒哀楽といわれるような人間の感情によって生み出される根元的な力を活かすことはこれからさらに必要とされてくるのではないだろうか。そしてこの流れは、まちづくりのみならず、生きていく上で大事なことなのではないだろうか。


(3)SimCityとは

 SimCityとは1989年に米MAXIS社からMacintosh用に発売されたコンピュータゲームソフトウェアで、その後のSimCityシリーズの総称ともなっている。SimCityは、「都市開発シミュレーション」という今までにないジャンルのゲームとして登場し、世界で700万枚以上の売り上げを記録する空前の大ヒット作品となった。好評を博したその画期的なコンセプトとアーキティクチャは、94年発売のSimCity 2000、99年発売のSimCity 3000に引き継がれている。現在では最初のSimCityをSimCity classicと呼ぶこともある。SimCityと同じようにSIMの付く物シミュレーションゲームをシムシリーズといい、町をシミュレートするSim Town*やSim Safari、Sim Ant、Sim Tower、Sim ParkやJ.E.Lovelockによるガイア仮説に基づいて作られたSim Earthなどがある。最新作のThe Sims*もヒットチャートで上位を占める人気ソフトである。現在はSims Villeという村を単位としたシミュレーションが開発されている。

SimCity classic
 SimCity classicを開発したのはゲームデザイナーのWill Wrightで、バンゲリング・ベイ*と呼ばれる当時としては異色の全方向スクロールの出来るシューティングゲームをデザインした人物としても有名である。実はこのSimCity classicは元々このバンゲリング・ベイ内のマップ作成ユーティリティーをいじりながら考えついたもので、車などを走らせてみたら実際のような動きをしないなどと言った障壁にぶつかったので、ライト自身が都市計画の勉強をし、都市計画の専門家Bruce Joffeの協力を得てSimCityを完成させたのである。これは元々SimCityが工業製品でも専門的な都市シミュレーションを作ろうとしたわけではなく、Wrightの学習意識から生まれたものであり、その学習意識は参加と意識化のプロセスと同じであるとも言える。SimCity classicのプログラムは当初Commodore用に開発されていたのだが、よりパワーのあるMacintoshに切り替えるほど当時としてはかなりの高度で複雑なものであった。
  PC-98版 SimCity

 SimCity classicはアメリカでの発売からわずか数ヶ月というこれまで考えられなかったスピードで日本での発売が決まった。それほどまでに世界中に震撼を巻き起こしたソフトウェアとも言える。日本では、Macintosh、IBM-PC、PC-98、FM-TOWNSなどで発売されて人気を高め、中でも家庭用ゲーム機スーパーファミコンに移植されたことによって、より多くの年齢層の人々にその存在を知らしめることになった。

SimCity 2000
 94年に発売されたSimCity2000では、地下鉄や高速道路、密度を指定できる区画など従来の要素の追加と改修、高度の導入とクォータービューの導入によりズームや回転などの視点の変更という要素が加わった。さらに特筆すべきは、都市条例という都市が定める法律により今まで税金と立地のコントロールのみだった都市発展の要素が、さらに複雑化し都市のハード面だけでなくソフト面からのアプローチとも感じられる。また、水の概念の登場と地下鉄の登場によりゲーム画面の多層(レイヤー)化、細かい産業のごとに需要に合わせて税率を変更する税システム等、リアルさを求める内に管理する物が増え、幾分操作性が難しくなった。
  SimCity 2000
 パソコン版にはネットワークエディションというネットワーク対戦・協力型のバージョンが存在し、最大4人まで同じ都市を決められた資金を使いながら他のプレイヤーと交渉しながら開発をする、というものもあった。都市内を自由に飛び回るソフトSim Copter*や走り回るソフトStreet of SimCityなどの追加ソフトもあった。

SimCity 3000
 最新版のSimCity3000はSimCity2000の続編として登場し、「ゴミ」や「農場」などの要素が加わっただけでなく、今まで以上に複雑化した要素と要素の組み合わせによる発展など細かい改良も付け加えられた。また、都市内で生活する自動車や人の動きや種類にも必然性を持たせ(ゴミ収集車はゴミ処理場に向かって走る等)、都市の表情によってそこに住むコンピューターピープルの活動が変化する、といったシミュレーターのビジュアル的な効果の強化が図られている。SimCity 2000の教訓を受け、わかりやすく使いやすいインターフェース、そしてアドバイザーによる都市問題解決の手引きなど、説明書がなくてもプレイできるようになった。
  SimCity 3000


(4)SimCityの持つ可能性

 SimCityはいわゆるコンピューターゲームの部類に属されており、教材として考えられることは日本ではほとんどないといって過言ではないだろう。しかし、SimCityは他のゲーミングシミュレーションとは異なる点がいくつかあるので述べておく。

インターフェース
 SimCityはより多くの人に楽しんでもらうために、子供でも簡単に操作できるようなインターフェースがとられている。具体的に説明すると、SimCityという物はマウス一つだけで様々な操作ができ、クリックする対象もグラフィカルで瞬時にそれとわかる物になっている。シリーズを追うごとに選択肢が広がるので操作系の混乱をきたしそうなものであるが、それに対しての操作性の考慮という点では子供でもマニュアルを見ずにプレイできるように、というゲームメーカーとしての技術ノウハウを感じられる。これは、わずかな説明だけで複雑なシミュレーションを行うことが比較的容易にでき、誰しもがそのシミュレーションを再現することも出来るのであるといえる。どうしても操作説明が必要となるコンピュータシミュレーションの中で、都市という自分のイメージの中にある物を利用しながら操作することが出来るようにゲームが作られているのもSimCityの特徴でもある。また、運用するに当たり操作の複雑性にとまどうことはない。

グラフィック

駅から歩く人や踏切をわたる自動車や駅へと
向かう列車。すべてが目的を持って移動する

大型ショッピングセンター登場の為に
廃業するおもちゃ屋も
 SimCityは都市計画の専門家向けに作られたソフトではないので、当然の事ながら多くの人にわかりやすく表現するために本来はシミュレートされて算出された計算結果を数字ではなくグラフィックで表示するようにした。これは前述した「おもしろさ」にも関わっているのだがそれだけではなく、SimCityを開発する上で重要だったのは都市のシステム全体の表現をするためだったという点が上げられる。例えば渋滞などは、どれぐらいの交通量というのは内部計算された結果ではなく、その数値を用意された段階(少ないとか混雑とか)とグラフィックに当てはめてゲーム上に表示されるようになっているのである。見えない部分での数値結果(後述の多層構造と関係している)をわかりやすく表現する−この点が他の専門的シミュレーションとは異なるゲーム的なところなのである。しかし、この点がコンピュータを使った教育にSimCityが向いている点でもある。

 元々、盤上で行われるシミュレーションでは数値の計算や、想定される要素への影響などは表現可能ではあるが、リアルタイムに変化するグラフィック的な物の表現することはできない。コンピュータにシミュレーションを導入することによって、複雑な計算が高速に出来るようになったとともにその影響をグラフィックで多彩に表現できるようになったのが大きな変化と言える。グラフィック効果による使用者への学習効果は語るまでもないが、その変化、という点も継続的シミュレーションを行う上で重要となるポイントである。

 現在はゲーミングシミュレーションもコンピュータ化されたものが多いが、対象とする事物と関係ないものは省かれるのが普通である。確かにある限定したシミュレーションを行うためには省かれて当然な事象もあるかもしれないが、マクロ的に都市をシミュレートすることを考えて行くことを考えてみると、どの部分を省略し、どの部分を採用するか、というのも議論の対象となる可能性もある。また、全ての事物をシミュレーションに盛り込むことは多大の労力とコストを必要とされるので省略されるのは当然といえば当然のことといえる。しかし、環境問題を例にとってもわかるように物事の相関関係の一部を除外視して進められる研究ではまた新たな問題を生み出すことさえあるのは事実である。もちろん、対局を見失ってはいけないが現状のシミュレーション教育には考慮されていない点と言える。現状のシミュレーション教育というのは社会教育ではなく、専門教育であると考えるならばそれはそれでよいと言えるかもしれない。殊にまちづくり教育というのは社会教育の範疇なので、グラフィックという点からも、高度に現実を再現したシミュレーションよりも全体像をわかりやすくつかめるSimCityの方が向いているとも言えるのである。

コスト
 SimCityは必ずしも教育用に販売されているわけでもなく、専門家のために販売されているものではない。制作者の意図として、プレイする事による教育効果を含むものではあるが、あくまでも誰でもが「楽しむ」ことができるエンタテイメントソフトである。その為、その開発、生産、販売に関わる費用は工業製品として市場からの確保でまかなわれる。この点はシミュレーションソフトを専門的な集団がわずかに限られた予算と労働力を費やして制作されている点と比べると大きな違いである。
 また、教育用ソフトウェアと考えても必ずしも高いソフトウェアとは言えない。SimCityは当然のようにゲームソフト会社が販売するので、その相場に見合う価格に設定してあり、シミュレーションゲームという部類から考えるとどちらかというと安い方に分類される。現在のSimCityの価格(定価)を見てみると、SimCity 3000が5980円、SimCity 2000スペシャルエディションが2980円で手に入れることが出来る。SimCity classicは現在入手困難ではあるが、MAXISの運営するSimCity公式Webサイトにて、JAVAで動作するSimCity classicのプレイが無料で出来るのである。インターネットの出来るPCを持ち、JAVAの対応しているブラウザさえ持っていれば、接続にかかる費用を考えなければ実質無料でSimCity classicをプレイできるのである。PC教室を完備する学校などでは接続料金を気にする必要もないのでその利用価値は大いにあると言える。問題があるとすれば英語でしかプレイできないことであり、日本のSimCity公式Webサイトにて説明があるのでそれを頼りに行うことは可能だが、チャット機能が付いているために英語で会話をすることもあるかもしれない。
  SimCity classic Live!


 このようにSimCityという都市シミュレーションゲームが持つ利点を用いることで、有効なまちづくり教材となる可能性が明白にされたであろう。そしてこのような専門に特化していない都市のシミュレーションモデルは、一般の人たちに従来のまちづくり教育では不可能だった所まで入り込むことが出来るのようになり、「見えない」都市を「見える」物にしてくれるである。その為に我々はSimCityのようなソフトを用いてまちづくりへと活かす学問のあり方、都市シミュレーション学について探求することにしたのである。
SARA(Simulation and Analysis with Reflective Agents)・・・マルチエージェント社会シミュレーションプログラム。EBISS Project。
Sim Town、Sim Safari、Sim Ant、Sim Tower、Sim Park、Sims Ville・・・いずれもMAXISの開発したシミュレーションゲーム。この種のものをシムシリーズもしくはシステムシミュレーションともいう。
The Sims・・・日本語版はシムピープルとして発売されている。人間の生活をシミュレーションする。
バンゲリングベイ(Raid on Bungeling Bay)・・・ Commodore用に開発されたシューティングゲーム。プレイヤーはヘリコプターを操縦し敵方の工場や戦闘機を攻撃する。工場を破壊しなければ次々と戦闘機、戦闘ヘリが生産されるというリアルタイム性を持つ。
Sim Copter、Street of SimCity・・・SimCity 2000の都市データを地形として導入することでヘリコプターで飛び回ったりカーチェイスを行うことが出来る。ミッション制もある。
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