第三章 SimCity の教育利用


第2節 SimCity 利用の注意点

 TGの学習の体系は概ね上のようになっており、特徴的なのは結果ではなくプロセスを学ぶという点である。それはSimCityを単なる学習体験に終わらせない為にも、活動内容が理論に裏付けしておく必要があり、その為に都市に付随する要素とその理論とともに、SimCityの内部的構造と限界を理解しておくことが必要であるといった点を含んでいるのである。


(1)SimCityの構造

 SimCityの作者Will WrightはSimCityを作る上で、都市というものは、そこに住む人々の相互の関わり合い全てを含めた密接な関係を持っているという特殊性をコンピュータプログラムで表現しようとした。元々シミュレーターやゲームとして作り出したものではないのだが、それぞれの要素の関連性に整合性を持たせるために都市計画の理論を導入し現実の世界のシミュレートモデルを確立することに成功し、根幹となる構造は現実のそれと非常に酷似したものが完成するようになった。

 SimCityが従来のシミュレーションゲームとは異なっている点は、結果だけでなく、アクションに対するプロセスの変化を目で追うことが出来る点である。それはそれぞれの要素同士が複雑に絡み合い、その関係間の相互作用により画面上に表現される構造になっているからなのである。そのことからもわかるようにSimCityは原因となる要素がなければ何も起こらないことになっている。しかし現実の都市と同じように問題が発生しない要素などなく、渋滞や公害といったゲーム内で発生する問題の原因は必ずあるのである。また、それを表現する手法として盤上では出来ないアニメーションを使っているのが既存のシミュレーションと異なった点である。

 都市全体をシミュレーションすることに置いて重要なのは現実に使われているどんなモデル式を使うか、である。しかし、それに近いモデルを作ることは出来るが、都市を表す絶対普遍のモデルなどは存在し得ない為シミュレートする対象に合わせて必要十分を満たすモデル手法と式が選択されている。それは以下に上げる多層構造と組み合わされることで複雑な都市の表現をするのに一役買うことになっている。

 ここでは一例としてSimCity classicの多層構造モデルを説明する。

多層構造モデル
 SimCityは生物のような都市の全体を表現するのだから、今までのシミュレーション手法を使うことは出来ず、様々なシミュレーションを複合化して使うことにした。そこで用いられた手法が多層構造である。これはプレイ画面のレイヤーだけでなく、その裏に隠された対象範囲が異なるいくつものレイヤーを階層的に配置して、それぞれが異なる計算を行いその地区の人口や汚染や犯罪、地価の状況などを算出する仕組みになっている(図)。

SimCity classic の多層構造モデル

 この多層構造モデルは、ゲーム画面となる一番上のレイヤーでは1マス×1マスで要素と要素の関係(道路は接続されているか、電線はあるか、隣はどんな建物か)を計算し、その下のレイヤーでは2×2サイズで人口密度や犯罪率、大気汚染などを計算し、そのもう一つ下のレイヤーでは4×4で地形の状況を計算し、一番下の8×8サイズで消防署や警察の影響を計算しているレイヤーが階層的に組み合わさっている仕組みとなっている。そして、それぞれのレイヤーで計算された結果は一番上のレイヤーにフィードバックされ、渋滞している道路や大きなビルとしてグラフィックカルに表示されるようになっている。下の階層が大きいのは周辺に対する影響を加味してのことである。こうすれば一番上のレイヤーのように一つの建物の隣接性だけでなく、その地域周辺にどれほどの影響を及ぼすのか、ということを表すことが可能となる。

 この多層構造モデルは一画面で複雑な計算をせずに出来ることとにも役立つのだが、それ以上に時間的なズレを生じさせるのに役立っている。例えば工場を立地した場合に周辺の大気が汚染される仕組みになっているのだが、それも階層が下に降りる時に時間的なロスを生み、一番上のレイヤーに戻ってくるまでにはかなりの時間を要する作りになっていて、数ヶ月後に汚染が始まり、年を追うごとに蓄積する、ということが再現されている。多層構造モデルは、都市のシステムを一つの式として再現するのではなく、要素ごとのモデル式を別々に計算することによって生じるその複合作用によって都市に表情を与えることに成功しているのである12)。また、実際の世界での要素ごとの関わり合いを元に、相関関係が決められているのである程度の予測は出来るのだが、多層化により実際どのような影響になるのかは確実に予測できない。また、SimCity 2000や3000ではより細かいレベルで計算するようになっている。

 この多層構造モデルとマンハッタン距離計算モデル*のような実際の計算手法を組み合わせた特殊なプログラムによって、実際の都市のシステムを表現しているが、これは非常に現実の事象の再現をするとともに、あくまでもプログラムであるという制限の掛かるものでもある。この点は後述する。


(2)SimCityの限界

 シミュレーションを用いる場合、先のTGに述べられたようにシミュレーション教育の限界を考慮に入れることも重要なことであるが、特にSimCityを教材として用いる場合に注意しなければならないのは、SimCityの構造上どうしても再現不可能な限界があるということである。これはどのシミュレーションにも言えることなのだが、都市そのものをシミュレートするSimCityではある特定の事象についての学習を目的とするシミュレーション教材とは異なるのでその対処の方法は他のシミュレーションと若干異なる。なぜならゲーミングシミュレーションのような教材として開発されるものはテーマと関連性を持つ物以外のシミュレートがなされるわけではなく、設計段階もしくはテスト段階においてそのような点を補修するようになっているからである。その点、SimCityは具体的な目的を持ったシミュレーション教材ではないので様々な事象のシミュレートを行えるというマルチ性を持つが、片方であらゆる事象が絡み合う複雑すぎるシミュレーションなのである。その為、既存のシミュレーション教材の設計論理を使って設計する前に、SimCityとはいったいどこまで出来るのかという点を目標とするテーマを考慮に入れながら確認していかなければならない。これはSimCityを何度も行ったり資料等を引き出さなければならないことが多くなると想定されるため、この情報を提供・共有できる場の提供をして都市シミュレーション学研究会のWebサイトで行うべきである。SimCityは確かに複合的なシミュレーションを行うことが可能であるがそれ故に持っている限界点もまた複雑なのである。

 SimCityの限界として生じる問題は扱うものによって異なるので、SimCityをある特定の目標のためだけに教材として用いるならばその障壁にぶつかることはあるかもしれない。しかしなぜSimCityで出来ないのか、という点からアプローチする学習の仕方も考えることが出来る。特に生態系の問題や水の循環システムなどはシミュレーションの中に除外されてはいるが、なぜ除外されたのか、そしてそれは現実の都市づくりにもどうか変わっているのか、といったように様々な方向からアプローチすることが出来る。これはSimCityを教材として使う教育者の裁量に委ねられるところが大きいですが、SimCityが元々そのような点を内包していることを考慮していけば都市シミュレーション学研究会が同じように間に入ることが必要であろう。またこの方法は、歴代のSimCityを比較することによってどのように都市計画と、都市をとりまく環境が変わってきたかという学習を行うことも可能である。いかなる欠点のあるツールでも方向を変えてみたら有効な使い方が出来る、すなわちこれはまちづくりという創造的で改革的な作業を行う点に最も適していると言える。

 もう一つ日本でSimCityを用いる場合に考えておかなければならないのは、SimCityはアメリカの都市思想から作られているので、必ずしも日本に導入できるわけではないということです。SimCityは非常にアメリカ的に作られているので、急激な人口移動や12年制の学校、大きな区画割りと人口密度等といったような様々な要素は日本とは異なる点である。しかし、この日本とアメリカを比較することが出来るというのは特にまちづくり教育として有効なのである。例えば公園などに代表されるように日本では非常に欧米への劣等感からかのように自己の歴史を踏まえながらまちづくりを行うことは少なく、現在それが見直されてきている。今までのように、ただアメリカから優れた方法論を輸入してそれを日本流にtranslateするだけのまちづくりではなく、アメリカがなぜそれを生むことになって実際に行ってきたのか、アメリカの歴史を踏まえた上で日本型にするのではなくその方法論が生まれた理由とそのプロセスを知ることによって日本では一体どのような形の物を作ったらいいのか、と考えるようになることが本当のまちづくり教育と言えるのではないだろうか。SimCityで日米を比較するときはそのような点に注意し、単なる比較ではなく原因とプロセスから「すべ術」を学ぶことができるようにする必要がある。


(3)「都市」の知識

 前述した構造と限界点の考慮は、全てこの都市計画など都市に付随する事象についての知識が必要である、という点も忘れてはならない。あくまでも専門的なシミュレーターではないSimCityには自分が思うことをすぐ確認できるという手軽さもあり、非常に身近なことでもプレイして確認することが出来たり、多くのプレイヤーのようにSimCityを行いながら自分が知りたいと感じるようになった事象について自ら学習し出すもあるかもしれない。Webページの一方向的なコンテンツならばそれでよいかもしれないが、教育として行う場合は学習者側からの質問や疑問に対しても答えなければならないし、何よりもシミュレーション活動を行う上で特殊な事態が発生した場合のことを考えれば他の教育と同じように「都市」に対してのある程度の知識、特に扱う対象に関係している要素についての理解が必要とされる。まちづくり教育は提供する側が専門家であるので教室時のような注意よりもむしろ上に挙げた構造と限界を理解しておかなければならない。このTGもSimCity 3000の内容まで入り込んだガイドブックだけでなく、複数の都市計画の関連図書を参考にしながら作られていることを考えれば、新たに作ることがどれほど大変かというのもわかっていただけるだろう。また、それを考慮するとTGをベースとしながら教育モデルを作ることが望ましいとも言えるのだろう。

 また、SimCityはプレイすることによって自らが知識を得ようと働くことは先に述べたが、そのような学習の体系とTGのように教室への導入を考える場合はやはり専門的な知識という点ではネックになることもあり得るため、都市シミュレーション学研究会Webサイトがその情報と協力をすべきであろう。また、Webサイトの関連するリンクを集めサーチエンジンを導入することによって、欲しい情報を取り出せるようにすることもその一つの手段であろう。


(4)シミュレーション教育について

 これはSimCityに限ったことではないが、コンピュータを利用したシミュレーションではその専門的な範囲の分野への学習手段とした場合に非常に弱い面を持つ、ということである。ゲーミングシミュレーションはロールプレイングと同じく自由にカスタマイズできる点が特徴であるのに対して、コンピュータを利用したシミュレーションやロールプレイングはどんなに自由があろうとも用意されたストーリー上をプレイするだけの学習となるケースがほとんどである。

 プロセスを学ぶことが出来るというのは、決して用意されたプロセスを学ぶのではなくて自分が行ったことに対してどのような必然性を踏まえながら変化していくという時間的・空間的プロセスを学ぶということである。しかし、それはある意味コンピュータシミュレーションが最も得意な分野であり、都市のグラフィック的な変化を追い続けさせ、それぞれの頭の中でそのプロセスを構築する事ができ、その中で創造するというプロセスを学ぶことが出来るのである。もちろん数字や駒を利用したシミュレーション結果の再現は空想力を高めることが出来るのだが、それではその学習活動に入って来られない者もでる。その為に進行状況に応じた個別学習のモデルを利用することもできるが、それでは全ての関係者の参加と協力を目指すまちづくりには必ずしも正しいこととは言えない。

 以上のような点を考慮して先に挙げた限界点の利用方法と同じく、ソフトウェアに依存せず、コンピュータシミュレーションで行うことにどんな意義があるのかを考慮に入れて学習プログラムを作らなければならない。SimCityは操作法が簡単ではあるため安易に導入することも考えられるが、その分利用に応じてプロセスを重視したプログラム体系を確立しなければ思い出にしかならない体験学習となることもある。
*マンハッタン距離計算モデル・・・SimCity 3000ではその都市において最も地価の高くなるシティセンターを算出する事に使われる。
12) ウィル・ライト 著 多摩 豊 訳『コンプコレクション5 ウィル・ライトが明かすシムシティーのすべて』角川書店,1990
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