第二章 都市シミュレーション学の研究


第3節 研究会の活動

 非常に広範な物を対象とする都市シミュレーターのSimCityを扱うことは、複雑な都市要素を理解するとともにゲームプログラム内部についての理解をしなければならない。特に取り扱うテーマが限定されて使われる場合は特に、複雑に絡まってきてしまう要因をいかに扱うべきかを明確にしておかなければならない。この点は他の専門的シミュレーションにはない問題であり、SimCityを扱う上で重要となってくる点であると言える。その為にSimCity自体の理解を図るためにゲームプログラムに慣れ、プログラム内部の説明にも触れている攻略本シムシティ3000公式戦略ガイド7)を参照とした。以下に活動について検証するが、活動の詳細についてはシムラボWebサイトにて確認してもらいたい8)


(1)SimCityの研究

 まず、SimCityのシミュレーターとしての能力を考察し、その結果をWebサイトに掲載した。これは前述のオープンとクローズの関係の専門からのアプローチに等しいといえる。また、シミュレーションを行うことによっていかに論理に裏打ちされた計画が重要なのかという教育的な点も含ませるようにした。その為にSimCity 3000を使用して、都市条例*の施行によって都市にどんな影響を及ぼすのかを確認した。

 実際に行った実験は、水の使用量を減らすことが目的の「水の節約」と「水量計の設置」という条例を施行することによって、都市全体の水使用量はどれぐらい変化し、財政的に考えてどれぐらい効果があったのか、そして都市産業へどれぐらいの影響を及ぼしたのかをテストした。


水使用量の統計を出し、財政的効果を探る
 まず行ったのは条例が都市の産業(特に工業)にどのように影響を及ぼすのかを確認してみた。工業従事者数の推移をグラフ*で確認してみると条例を施行した場合には多少減少しているということが確認された。これはプログラム内部で条例を施行すると工業の発展を鈍化させるようになっているようで、現実にもある排出制限と同じような影響が及ぼされるようになっている(同じような物に産業廃棄物税という条例もある)。次に水の使用量の変化とそれによる財政面への影響を確認してみた。SimCity 3000では実際の都市の水使用量はゴミや電力のように数字として表示されないものの、水供給施設となる「ポンプ場」と「貯水塔」の水供給量を集計することによって都市全体でどれぐらいの水が使用されているか、という確認が出来る。条例を施行しないで行ったもの、条例を片方だけ施行して行ったもの、条例を両方施行して行ったものを比較し、出された水使用量の差と条例を施行することによってかかった費用を算出し、それがポンプ場を建設するよりコストが低く済むのかという費用対効果という点から調査してみた。結果は条例を施行することによってポンプ場を建設するより安く多くの水が提供できることが証明できた。これは節水というものを題材にして、SimCityをプレイする上での理論に基づいた効果的なテクニックの紹介としての色合いが多少濃いものの、節水運動がどれほどの効果があるのか、という制度的なものの有効性についての教育効果をも併せて説明できている。これに実際の節水の状況を絡ませて説明できればなお良かったのだが、研究会の活動のビジョンを確認できたのでその段階には踏み入れなかった。



(2)実際の都市計画理論の再現

 先のようなSimCityの検証と教育の両面を含ませたコンテンツの他にも、もう少し都市計画の要素に一歩踏み込んでの活動として、実際の都市計画理論の再現をすることにした。これは都市計画の思想をどのように表現できるか、シミュレーターはどんな反応を示すかという点を重点に置き、例によって研究会で研究活動を行ったことをWebページに掲載した。今回は都市を理論に基づいて形成するために、完成した都市をサーバーにアップしておき、SimCityのプレイヤーが自由にそれをダウンロードしてプレイ出来るようにした。また、その理論の紹介もして、一般のSimCityプレイヤーがその理論を学習しながら都市を作ることが出来るように説明と都市データ投稿の受付をした。

 そこで実際に取り扱ったのはE.Howardの田園都市論9)で、農園の要素が新たに追加されたSimCity 3000を使うこととした。田園都市の思想から考えると食糧も含む自給自足までも表現できればいいのだがSimCityに「食」の概念はないのでその部分は度外視した。作業の第一に田園都市論の説明をWebコンテンツの一つとして説明し、研究会員の理解を促した。


研究会員の作成した田園都市
 そして、この理論に基づいて田園都市を作成したわけだが、この時の作業は各自に一任した。この時に田園都市論の説明をしたコンテンツを作成して、その後に都市データをサーバにアップロードすることによって田園都市論の学習を研究会員自体がすることと、SimCityプレイヤーがその思想に触れることが出来るようにした。前者の方は学習意欲の低い学生を参加させるという方向で非常に大きな効果があったと言える。また、作業自体多少大がかりなものであったので、チーム単位で作業することも考慮に入れれば大学教育という分野に踏み込むことは可能である。後者のSimCityプレイヤーへの都市計画理論の説明は教科書的な物に近いのだが、田園都市論の説明と研究会員の作成した田園都市のデータを参考にしながら、プレイヤー自身がSimCityを使い、自分の感覚で作り上げる、という効果を含ませた。その為に都市データ投稿を受け付け、自由な田園都市の創造を一般の人に委ねることとした。結果としては一名だけの参加となってしまったのだが、話題として他サイトで取り扱われることもあったことを考えると一般の人に都市計画の思想に触れてもらい、都市に対する意識を多少つけることが出来たと言えなくはないが、SimCityで作られた田園都市についての分析をすることが出来なかったということも考えれば必ずしも目標に達したとは言えない。また、SimCityでは農村の維持が日本の場合以上に大変で、田園都市の再現が非常に難しいので、もう少し簡単に再現が出来るものを扱えば良かったという反省点もあった。



(3)SimCity 3000 Teacher's Guide*の翻訳

 アメリカのSimCity公式Webサイトは非常に更新が盛んであり、コンテンツも様々な物がある。特にSimCity 3000スペシャルエディション*の発売以来、ユーザーが自分の作った都市、建物、シナリオのデータをSimCity 3000 スペシャルエディション本体からサーバにアップできるSimCity Exchangeのコンテンツが目立つ。その様々なコンテンツの中に、SimCityを教室に使う為の手引き書となるSimCity 3000 Teacher's Guideという文書ファイルがフリーでダウンロードできるようになっていた。対象学年が6年生から12年生ということになっているが、一番下の学年に合わせて書かれているようである。しかし、その内容は教師が拡張できるような内容になっており、その手引きとなる構成となっている。また、教育者が自分で文書を編集できるように文書のフォーマットはDOC(MS-Word)とRTF(Rich Text)形式となっている。

 日本のSimCity公式Webサイトにもそのコンテンツは用意してあるものの、工事中ということで肝心の文書は公開されていなかった。そこで、SimCityがアメリカでどのように教育に利用されているかも調べる事も視野に入れ、研究会で翻訳することに決めた。実際は、翻訳に時間を費やしてしまったため、アメリカでの事例を調べるまでに至らなかったものの、それなりの翻訳版が完成することができた。また、翻訳作業をしながら、いったい都市のどのような点に触れているのか、どのようにSimCityを活かしているのか、そしてまちづくり教育に使えるのかなどを分析した。その詳細は第V章に記述する(併せて研究会の議事録を参照されたい)。
*都市条例・・・その都市が独自に指定する法令であり、廃棄物税や駐車違反税などの規制的役割を持つ物や、観光促進などのように都市の発展を促す物などその種類は様々である。条例の施行によって都市の発展を方向付けることができる。
*グラフ・・・SimCity classicから搭載されている機能であり、シミュレーションの時間的経過を数値で表現する。大気汚染のレベルや犯罪率、失業率、人口増加率などその種類は様々である。
*SimCity 3000スペシャルエディション・・・シナリオのプレイと作成機能の追加、ユーザーが建物を自由にデザインするキットが附属されるSimCity 3000のグレードアップ版。アメリカ版はSimCity 3000 Unlimited。
*SimCity 3000 Teacher's Guide・・・SimCityアメリカ公式サイトにて掲載されていた教育用ツール。フリーでダウンロードが出来る。
7) Rusel DeMaria・Rebecca Michelle Hines『シムシティ3000公式戦略ガイド』毎日コミュニケーションズ,1999
8) 都市シミュレーション学研究会Webサイト『シムラボ』 
9) E.Howard 著 長 素連 訳『明日の田園都市』鹿島出版会,1981
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